☆☆瀬戸 流平です☆☆2011年秋よりリタイヤ生活に入りました☆☆

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退職したサラリーマンの声

Xさん 1949年生まれ

毎日、毎日、忙しいばかりだよとおっしゃるXさんは
なんにも趣味はないのだ。


親族の冠婚葬祭には出席するもののゴルフもしないし、酒も呑みにいかない付き合いなどしない、ほとんど仕事しかしていないという印象だ。


現在小さな家族経営の町工場の社長をしているわけですが数々の苦節をなめてきたのです。


そんな団塊世代のXさんは地区では小さいころから秀才で通っていた。
塾などない時代に、小さな子を教えたりしていたときもあったのです。


そんな彼はたまには子供たちの草野球に参加することはあったが、ワンパク坊主達が遊ぶような遊びにはほとんど参加しなかったのです。


そう、勉強していたのです。


ゲームなどない時代でテレビさえ普及していない昭和30年代。
ワンパク坊主達は外で遊ぶのが普通。カブトムシやセミを捕ったり、海で泳いだり釣りをしたりと季節に合わせて外で遊んだものでした。


そんな勉強好きの彼は地元の一流高校を優秀な成績で卒業し、地元のナンバーワンの国立大学を卒業し、地元の一流企業の工場に就職したのです。


その後、隣の県に転勤して、結婚してと
まるで絵に描いたようなエリートコースを進んでいました。


彼の家は、昔の船主であり、海外との貿易もしていたが戦争ですべてを失ってしまったという過去があります。


すなわち血も途絶えてしまっているのです。


だから彼はその家の純粋の血を引いているわけではないのです。


終戦後、彼の父は小さな町工場を経営していてかなり派振りがよかった。
そして次々と異業種に挑戦し多角経営をして業績を上げていったのですが。


彼が、大学に行くのに学費などの心配はなかったわけでして。


急激な成長は、いつか急激な下降も経験する危険もはらんでいるわけで
落ちるときはまるで砂山が崩れるようでした。


彼は、そんな危機に直面した親の事業を引き継ぐために会社を辞めざるを得なかったわけです。


そして金策に走りまわるという苦労をなめてなんとか危機を乗り越えたのです。


そして何とか工場だけは持ち直し小さくても堅実な経営を維持しているのです。


勿論自分の子供たちはちゃんと大学まで卒業させたが、一流企業へ就職というコースは歩んでいったわけではありません。


どうやら自分もそうだったけど、親の跡は継ぎそうもないような感じであります。